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1973年式
ダットサン ブルーバード610
↑↑↑上記アーカイブ動画、是非音声ありでご覧ください・・・。
超希少・・・!返還直後の沖縄に新車デリバリーされた
左ハンドル/ATのブルーバード610は、熱心なエンスージアストの
もとで全塗装〜エンジンオーバーホールを受け、歴史を語れる一台
へと完全昇華した・・・!
沖縄が日本に返還されたのは1972年5月15日のこと・・・。
米国同様右側通行だった沖縄の交通事情がある日を境に一斉に左側通行に変わったのは1978年7月30日・・・ナナサンマルと呼ばれる日です。
その日本史上非常に重要な過渡期であった時代に、国産車として販売されたものの左ハンドルを持ったクルマが製造され沖縄にリリース・・・。それからすでに半世紀が経過し、その歴史上希少な個体は既に風化し絶滅危惧状態に・・・。
よほど熱心なエンスージアストが本土に持ち込みその歴史的事実を後世に残すための入念なレストレーションを施さない限り、見ることや触れること・・・、まして魅惑の旧車として現存させることなど、もはや奇跡としか言えない状況があると思われます・・・。
国産旧車を愛してやまないベテランオーナー氏が、この希少な個体と出会ったのは十数年前のこと・・・。
その時既に外装はポルシェの赤を使用してドンガラからの全塗装が行われ、エンジンも腰上(ピストン〜ピストンリング〜ヘッドガスケットなど)でオーバーホールが行われていたとのこと・・・。
ステアリングのみ社外品が装着されているものの、ダッシュボードにもひび割れがなく、ファブリックシートも当時物のレースとさらにファンシーなカバー装着の恩恵で、そっとめくってみれば当時さながらの様相が綺麗に顔を覗かせる・・・。
そんなオリジナルが非常に色濃く残り、国産自動車が黎明期からの脱却を図りマイカーブームを後押しした昭和40年代当時を彷彿とさせる・・・そのような個体が現在まで・・・、この個体を熱愛したオーナー氏の元で、希少な左ハンドルの歴史をも物語る一台として大切に乗ってこられたのです・・・。
じっと近づいてみれば・・・。
ボディを直してのレストレーションから年月が経過したことは、クリアの状態や左フロント・ドア下にみられるサビ浮きなどで確認できます・・・。
さらに東日本大震災に時に背後に置いてあった箪笥が倒れてトランクリッドと左車体後方エッジの部分にあたり、傷になってしまったとのこと・・・。
「綺麗にすることが目的でない・・・・」オーナー氏の考えで当時暫定的に補修がされたその後も、この希少な個体のヒストリーを語る個性として味わい深く残っているのです・・・。
沖縄返還の熱気がまだ街の空気に残っていた1970年代初頭・・・。
このブルーバードは、ただの大衆車としてではなく、海を越えた若者たちの自由や憧れを象徴する存在でした・・・。
本車両はその610型、しかも70年代の国産車デザインの特徴をユニークに残す4ドアタイプ・・・。
かつてのオーナーが注いだ情熱は、この個体にしっかり宿り、今も当時のワクワクする鼓動を響かせているのです・・・。

“ダットサン・ブルーバード610”・・・輸出名を纏った左ハンドル
の一台をブルーバードの歴史とともに紐解いてみます・・・。
日本では「日産ブルーバードU」の名で親しまれたこの個体ですが、転換期の沖縄では輸出名であった「ダットサン・ブルーバード610」の名で販売・・・、そこにはまさに歴史に残る事実が含まれていたのです・・・。
1971年、日産が送り出したブルーバード610は、それまでの510の正統な後継として誕生しました・・・。
日本国内では「ブルーバードU」の名で登場し、Uには“User Oriented”――ユーザー本位という意味が込められていたのです・・・。
時代は高度経済成長の只中、マイカーブームに火がつき、大衆車でありながらも豊かさと憧れを同時に提供する存在として、この610は非常に重要な役割を果たした一台です・・・。
スタイリングは1970年代の世界的トレンドであった“コークボトル・ライン”を取り入れ、流麗でありながら力強いシルエットを描き出しました・・・。
特にクーペやこの個体でもある4ドアセダンは、当時の日本車としては先進的なフォルムで、若者からファミリー層まで幅広く支持を得たのです・・・。
エンジンは信頼のL型シリーズ――この個体に積まれたL16型直列4気筒OHC1595ccもそのひとつで、96馬力を発揮し、当時の交通事情では十二分の性能を誇りました・・・。
堅牢な造りと扱いやすい特性は、日産車が“壊れない”という名声を確立していく礎となったと言えるでしょう・・・。
そしてブルーバード610は、その名の通り“世界のブルーバード”として国際市場でも高く評価されました・・・。
北米では“Datsun 610”の名でデビュー・・・。
北米仕様特有の大型バンパーや左ハンドル、AT仕様といった装備は、グローバル化に挑む日産のチャレンジ精神そのものだったのです・・・!
一方で、610はモータースポーツの世界でもその存在感を示しました。東アフリカ・サファリラリーでは「1800SSS」として参戦し、過酷な道を走り抜けて好成績を残したことも記録されています・・・。
これは510譲りの高い基本性能と堅牢な設計があったからこそ可能だった栄光であり、ブルーバードの名をさらに不動のものとしました・・・。
今日、510が“永遠の名車”として知られるのに対し、610は“隠れた名車”と評されることが少なくありません・・・。
しかしそのデザイン、歴史的背景、そして世界市場を視野に入れた希少な仕様を思えば、610こそが1970年代のダットサンを象徴する存在であり、まさに次なる貴重な国産旧車として評価されるべき一台なのです・・・。

1973年式ダットサン ブルーバード610取材後記・・・
笑顔満面愛車自慢をいただくベテランオーナー氏・・・。お仕事で日焼けされた眼を細めては愛車の方を眺め、さまざまなストーリーをお話ししていただきました・・・。
この左ハンドルAT仕様のダットサン・ブルーバード610は、ただの旧車ではなく、沖縄返還という歴史の転換点をくぐり抜けた歴史の証人・・・。
そのオーナー氏の胸中には「本当に手放してよいのだろうか・・・」という葛藤が静かに渦巻いている様に感じたのです・・・。
「なぜこの貴重な個体を手放すことを決意したのですか・・・?」
筆者の愚問に「誰にでもおとずれる人生のステージの変化・・・。」と笑ってお答えいただきました・・・。
手放すこと自体はすでに決意されています・・・。
しかしながらそれは・・・「この人ならば託しても良い」と思える真摯な新オーナー様との出会いがあって初めて、心から覚悟へと変わるのでしょう・・・。
超希少・・・!返還直後の沖縄に新車デリバリーされた左ハンドル/ATの
ブルーバード610は、熱心なエンスージアストのもとで全塗装〜エンジン
オーバーホールを受け、歴史を語れる一台へと完全昇華した・・・!
このブルーバード610は、ただの旧車ではなく、沖縄返還という歴史を体現する証人。半世紀を経てもなお、その存在感は色褪せることなく、次の世代へ受け継がれるべき一台です・・・。
とても大切でロマン溢れる、まさにオンリーワンの見学に・・・
群馬県までお越しください・・・。
このとてもレアな「1973年式ダットサン ブルーバード610」は現在、群馬県にあります。
個人間売買のため、消費税や諸費用等はかかりません。
本車両購入に際しては自動車税の月割り精算(年額¥45,400)並びにリサイクル預託金精算(未預託につき¥0)ご購入者様にてご負担いただきます。
また陸送等は購入者様の方でご手配をお願いいたしますが、筆者の法人業務でも、自社所有積載車でのクラシックカー輸送業務を取り行っております。ご希望がありましたら是非ご相談ください。
【お問い合わせに際して・・・】
このページの車両はクラシックカー・コレクタブルカーの越境ECサイト「エステートセール・スプレマシー®︎」に掲載されたものです。
至高・最高(スプレマシー)なエステートセール・・・とは。
エステートセール・スプレマシー®︎は、オーナー様の想いのこもったお車を、インタビューに基づく原稿と動画でご紹介する北米文化エステートセールの日本版です。
現オーナー様の想いを実直に表現、思い出は心にしっかり残しながらも、確実に次の世代に引き継ぐご案内から販売仲介対応をいたします。
過去の整備記録や修理歴など含めて現オーナー様から詳細ヒアリングを実施、事故歴の有無含めて取材しております。大きな事故歴があった場合、また現オーナー様の所有歴が極端に短く詳細がわからない場合は取材をお断りし、購入されるお客様に可能な限り安心をお届けする工夫を実施しております。
本記事内容は、2025年8月1日晴天下11時より、約3時間の取材時間の中でオーナー様インタビュー並びに実車を拝見したものを元に執筆作成したものです。かぎられた時間での確認につき、現車の状態を100%正確に記載しているとは限らない場合があります、また執筆内容に関しても全て裏づけを取ったものではありません。状態等のコメントもあくまで取材時の天候、状況及び筆者の主観によるものという事ご承知おき下さい。
掲載車両に関してのご質問や現車確認のお申込はこのページの一番下よりご連絡下さい。なお個人間での取引となりますので、冷やかし防止のため、現車確認はあくまで「購入を前提」として検討されているお客様のみとさせて頂きます。
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